記憶術の本じゃなかった!「落語家はなぜ噺を忘れないのか」

柳家花緑著「落語家はなぜ噺を忘れないのか」を読みました。kindleでセールになっていたので即ポチ。記憶術のことが書いてあるんだろうと思っていましたが、ほとんど書いてありませんでした。何だか騙されたような気もしなくはないですが、裏話が盛りだくさんで非常におもしろい本でした。いろいろ気づくことがあったのでまとめてみました。

知ってることと分かっていることは違う

著者は下記のように述べています。

噺を覚えても①いつでも高座にかけられるネタ、②2〜5回さらえば高座にかけられるネタ、③高座にかけたことはあるが作り直す必要があるネタに分けられる。

落語というのは、ただコピーして噺を覚えればいいわけではない。自分なりに咀嚼して、自分なりの演出をしてこそ、本当にその噺を身につけたことになる

①を選ぶときにポイントとなったのは、一つには自分の中で噺がしっかり固まっているかということ。単に噺の筋が頭に叩き込まれているどころの話じゃありません。どのような情景の中で物語が進み、登場人物はどんなキャラクターで、どういう気持ちで台詞を吐いているか。それらがお客さんに最も伝わるにはどういった演出がベストか。そこまで構築できていてはじめて、「いつでも」高座で披露できると言えるのです

つまり、これって知っていることと分かっていることは違うということですよね。
読書も同じで、読んで分かったつもりになっていても実戦じゃ役に立たないこと。
ですから、これからはこうして本を読んだらブログでアウトプットしていきます。
目指せ!年間50冊!

男の一生 死ぬまで勉強

しかし、自ら得意ネタなどと考えてしまえば、そこで成長は止まってしまう。落語にはゴールなどないのです。より芸を深めるためには、まだまだこのネタは発展途上だと思うくらいでいいのです

祖父(5代目柳家小さん)が生前、テレビのインタビューでこんなことを言っていました。 「芸は上り坂のときが一番いい」  もしかしたら、祖父は七九歳でまだ上り坂だったのでしょうか

「俺は全部知ってるぜ」「俺はマスターしてるぜ」という感じの人もいますけど、大抵イケてないですよね。そうはならないようにしましょう。謙虚に生きたいものです。

かっこいい上司・先輩でありたい

それから丸写し、丸暗記とはいえ、自分で稽古をして、志ん朝師匠に聞いてもらいました。そのとき、「よく覚えたね」と、まずほめていただいたのを覚えています。次いで「ただね、ここはこう変えたほうがいい」って指摘してくれた。これが志ん朝師匠の稽古のつけ方なのでしょう。優しかったですね。池袋演芸場で二ツ目の勉強会をしていたときも、必ず来て一人一人に指導してくれたのですが、決して頭ごなしに「ダメだ」なんて言わなかった

私が談春兄さんに『紺屋高尾』を教わったときは、「梨が欲しいな。梨持ってこい」って言われまして。兄さんの優しさなんですよ、「何も言わなきゃ、こいつは何を持ってきていいかわからなくて、ロクなもん持ってこねぇな」というね。それで高級フルーツ店で立派なのを五、六個買って行きましたよ。今になって思うと、『紺屋高尾』の価値は梨どころの騒ぎじゃありません

僕は後輩には厳しく接しています。出る杭は早めに打っておきましょう。
え?言ってることとやってることが違う?
それが人間ってものじゃないですか(笑)

お客さんじゃなくて、こちらに非がある

落語のルールをお客さんが勉強してこないとわからない噺というのは、本来の落語ではないはずなんです。「落語は難しい」「勉強しくればよかった」「ステータスを感じます」なんて思わせてしまうのは違うのではないかと。 けれど、現実では、「いや、それこそが落語だ」という同業者が多い。私も以前はそう思っていました。祖父も晩年に言ってましたね、「お客さんにはちょいと勉強してきてもらわなくちゃいけない」と。でも、今、私はその考え方を見直したいんです

着物で座布団というのは、落語の絶対ルール。そこを譲ったら、落語ではなくなると思っている人は多いでしょう。ある種の様式美と考えられている節もあります。観客が洋服姿になっても、あえて落語家が着物で演じるところに歌舞伎や狂言のような伝統芸能の様式美を感じたと。だから余計に落語は敷居が高いとのイメージがついたともいえます。お客さんが「着物に座布団」という点に様式美を感じるのであれば、それに負けないくらい「スーツに椅子」にも様子のよさを感じさせなければならない。勝負はそこだと思うのです

DJしてる時に、お客さんの反応が悪かったりすると「この曲を知らないなんて、程度の低い客だ・・・」と思ったことがありました。でも、それだと成長は望めない。そうじゃなくて構成が悪かったとか自分に目を向けると色々なことが見えてきて、次はいいDJができるかもしれない。いいDJになったかどうかは知りません。
また、会社に謎のルールがあったりしませんか?昔は必要な決め事だったのかもしれませんが、時を経て必要がなくなっても形だけ残っているみたいな。「あれ?なんでこういう手順でするんだっけ?」みたいな。そういった「フォーマット」にこだわり過ぎることで失われていることも多くあるのではないか。(新規客の獲得だったり、若手の育成だったり・・・。)この本を読んで、そんなことが頭をよぎりました。

まとめ

記憶術の本ではありませんでしたが、非常に多くのことを学ぶことが出来ました。何々という噺の稽古を誰々につけてもらった時は〜という記述がいくつかあるのですが、その度にYouTubeでその噺を聞くというようなことをやっていました。それだけ落語の魅力が伝わってくる本です。是非、この機会に読んでみてはいかがでしょうか。

おまけ