「イシューからはじめよ」ってどういうことなの?

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以前から気になっていた「イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」」を読みました。最後まで読んでみて思ったのは、忙しい人は序章と1章だけでも全然OKじゃないか?ということ。というのも、2章以降はちょいと難しい話ばかりなんです。今後の仕事に役に立ちそうな部分だけをピックアップしてまとめてみました。

そもそもイシューって何?

「2つ以上の集団の間で決着のついていない問題」かつ「根本に関わる、もしくは白黒がはっきりしていない問題」

定義がちょっと分かりにくいですね・・・。

イシューからはじめるってのは、どういうことだ?

その前に「価値のある仕事」について考えましょう。著者は「「イシュー度」と「解の質」が高い仕事。」と述べています。

イシュー度とは「自分のおかれた局面でこの問題に答えを出す必要性の高さ」、そして「解の質」とは「そのイシューに対してどこまで明確に答えを出せているかの度合い」になる。

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今やるべきことに対して、質の高い答えを出すということですね。たしかに「今、それやる?」って突っ込みたくなる、人いますよね。

踏み込んではならない「犬の道」

ここで絶対にやってはならないのが、「一心不乱に大量の仕事をして右上に行こうとする」ことだ。「労働量によって上に行き、左回りで右上に到達しよう」というこのアプローチを僕は「犬の道」と呼んでいる。

ネーミングの由来を書けよ!犬も歩けば棒に当たる(=手当たり次第仕事をこなして経験を積めば自ずと解の質・イシュー度が上がるだろうという考え方)からきているんだろうと思いますが。

マトリクスのヨコ軸である「イシュー度」の低い問題にどれだけたくさん取り組んで必死に解を出したところで、最終的なバリューは上がらず、疲弊していくだけだ。この「努力と根性があれば報われる」という戦い方では、いつまでたっても右上のバリューのある領域には届かない。

「犬の道」では価値のある仕事ができないから、「イシューからはじめよ」と言っているわけですね。

じゃあ、どうやってイシューを見極めるの?

仮説を立てる

イシューの見極めについては、「こんな感じのことを決めないとね」といった「テーマの整理」で止めてしまう人が多いが、これでは全く不足している。実際の検討をはじめてから再度「イシューは何だろう」と考えているようではいくら時間があっても足りない。こうしたことを避けるためには、強引にでも前倒しで具体的な仮説を立てることが肝心だ。「やってみないとわからないよね」といったことは決して言わない。ここで踏ん張りきれるかどうかが、あとから大きく影響してくる。

たとえば、「◯◯の市場規模はどうなっているのか?」というのは単なる「設問」に過ぎない。ここで「◯◯の市場規模は縮小に入りつつあるのではないか?」と仮説を立てることで、答えを出し得るイシューとなる。仮説が単なる設問をイシューにするわけだ。

ここは参考になりました。実際の現場では「とりあえず、やってみよう。」となることが少なくない。この後、「よいイシューの3条件」「イシュー特定のための情報収集」「イシュー特定の5つのアプローチ」と続くのですが、ピンとこなかったので取り上げません。気になる方は読んでみてください。イシュー連呼し過ぎてゲシュタルト崩壊しそうになります。

おしまい

「イシューって普段聞き慣れない言葉だし、人目を引くだろう」ということでマーケティング的視点から全面に押し出しているのでしょうが読者にとっては苦痛以外の何物でもありません。言ってることは同じなのに看板だけ変えているような本が最近多いような気がします。電子書籍の普及によって誰でも簡単に出版できるようになり、いかに売上を伸ばすかと試行錯誤を繰り返した結果なのでしょうがあくまで消費者目線でのモノづくりをして欲しいですね。